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2012年5月11日金曜日

Follow Wind

 山道を車で走っていると、後ろから明らかに自分より速い車が。
 あなたならどうする?
 私なら開けたところで道を譲る。それが譲り合いだと思うのだが、そういう人は半分ぐらいで、あくまでゆっくり走り続ける人も半分ぐらいいる。
 さらに、その5分の1くらいは、キレる。何をあおってるんだと。
 俺の後ろをあと○十キロついて来い、ということなのだろうか。

2011年12月13日火曜日

100/0

 「映画50/50 フィフティ・フィフティ」を観てしまった・・・。
 若者のガン患者の闘病生活をコミカルに描く、という触れ込みなのだが、そのユーモアに満ちた日常が、むしろリアルに感じた。ガンは、現代の結核とも言うべき「死に至る病」。だが、患者の毎日は、ある時点まで、今までと変わりなく流れていくのだ。
 自分を裏切った者に対し、心の底から気遣いつつも毅然として別れを告げる、そんな主人公の強さに、心を打たれた。
 いい映画。

2011年12月11日日曜日

Life is a maze and Movie is a riddle

 11月も終りに近いある日、深夜テレビで「ジェロニモ」という映画が上映された。19世紀、南北戦争前後に勇名を馳せたアメリカ先住民の戦士、アパッチ族のジェロニモを描いた1993年の作品である。ジーン・ハックマン、ロバート・デュバル、ジェイソン・パトリック、マット・デイモンと豪華競演、ジェロニモ役はウェス・スチュディ(私の大好きな「ヒート」にも出ています)。
見所はたくさんあると思うが、基本的にジェロニモの人生のクライマックスを史実に忠実に描くため、映画としてはアンチクライマックスになってしまうという、まあ「based on a true story」にはありがちな展開となっていて、それが本作の本国アメリカにおける毀誉褒貶の激しさにもつながっているようである。
そんなことを考えていて想起されたのが、現在公開中の「マネーボール」である。
これも同様に実話の映画化なのだが、ご存知の通り、この映画は同名の「マネーボール」というドキュメンタリー本が原作となっている。そしてこの原作を読んだ人が一様に述べるのが、「あの本からこんなにドラマチックな映画ができるなんて」という驚きである。
主人公のビリー・ビーンがGMを務めるオークランド・アスレチックスは、この映画で描かれている2002年に一応地区優勝したものの、プレーオフであっけなく敗れ去っているので、本来なら大したドラマにはできないのであるが、それを無理やりシーズン20連勝のかかる大一番にクライマックスを持ってきて、大げさに盛り上げるのである。
そういう言い方をすると白々しい映画だと思われてしまうかもしれないのだが、そこはさすがハリウッド、ええっと思うまもなく、素直にカタルシスを得られるつくりになっていることは言うまでもない。これから観に行く人は(もうそろそろ終りだが)安心して行って欲しい。実際この映画は、当初ソダーバーグが撮ることになっていたが、スタジオが脚本に難色を示して降板の事態となったそうである。どんな脚本だったかは分からないが、せっかくのベストセラー本の映画化が、「フル・フロンタル」みたいになったら困る、かもしれない。

そんなわけで、激動の時代を生きたアメリカ先住民の人生の最高潮期が淡々と、取り立てて何もおきなかったようにも見える球団の一年が劇的に描かれる、こんな懐の深さが、映画の魅力ではないだろうか、などと思うのである。

「ジェロニモ」(原題は「Geronimo: An American Legend」。なぜかWikipedia日本語ページには記事がない。英語版はhttp://en.wikipedia.org/wiki/Geronimo:_An_American_Legend)は、上記のとおり見所は満載であるが、ジェイソン・パトリックのカリスマチックな演技は特筆もの。マット・デイモンはこのあと「戦火の勇気」だの「グッドウィル・ハンティング」だの「レインメーカー」だのに出ることになる。このイノセントな、だが芯の強さを感じさせる笑顔が、この映画でも欠かせない魅力となっていて、さすがはウォルター・ヒル監督、確かな演出力だ。

「マネーボール」は、野球場という、それだけでスペクタクルになってしまう被写体を、効果的に画面に配して、素晴らしいビジュアルとなっている。ジョナ・ヒル演じるピーターが初めてオークランド・コロシアムを訪れてスタジアム内の廊下を歩くところとか、ブラット・ピットがスタンドやフィールドを歩くシーンなど、絵画のように素晴らしく、「ああ、映画だなあ」と思わされる。できれば映画館で、しかも前の方で観たい映画。

蛇足ながら、「マネーボール」には、セイバー・メトリクス理論(一言で言えばデータ野球。アメリカより20年以上前からこれを実践していた野村克也監督は偉大だ・・・)でチーム改造に乗り出したアスレチックスが開幕から負けが込み、GMのビーンがバーか何かのテレビで試合を見ながら落ち込んでいるシーンで、我らがイチローがテレビでアップになる。2001年にメジャー移籍したイチローは、初年度から打ちまくって、新人王はもちろん首位打者・盗塁王も取ってMVPに輝くという偉業を達成。2001年はマリナーズも116勝46敗(勝率.716)で地区優勝しており、同じアメリカン・リーグ西地区に属するアスレチックスの視点で見れば、2002年シーズン開幕当初時点では、もっとも憎たらしい男と言っても過言ではないわけである。
ともかく、いつもは頼もしいイチローが、視点しだいでは不気味なアジアン・スラッガーに見えるというのも、この映画の面白いところである。

2011年11月17日木曜日

嫌煙論

 私はタバコのにおいをかぐのが嫌いだ。においも嫌いだが、それと同時に有害物質を吸わされているというのが実に腹立たしい。私に有害物質を吸わせ、不愉快な思いをさせている者は、単にそれが快感だから吸っているだけ。なぜそんなことが平気でできるのだろう。
大音響で音楽を鳴らせば、当然迷惑だからやめろとなる。ごみやトイレの悪臭を周囲に蔓延させれば怒られる。なぜタバコを吸う者だけは周りに迷惑をかけても許されると思うのだろう。

と考えてはたと気づいた。快感だから、と言ったが、実は中毒症状を収めるためにニコチンを補給しているだけなのだ。と考えれば、アルコールや麻薬や覚せい剤の中毒患者が周りのことなど気にしていられないのと同じで、周囲への気遣いなど吹っ飛んでしまっているのだろう。いや、それよりたちが悪い。全ての思考・理屈が「ここでタバコを吸っても大丈夫なはず」という方向に向けてでっち上げられるのだろう。
そう言えば、食後の一服をとがめられて、「車の排気ガスだって有害じゃないか」とのたまったスモーカーがいたなあ。レストランの中でエンジン回してる車があれば、私も納得しますがね。

2011年9月11日日曜日

正義感

「フランスでは出身や宗教、人種や民族を理由に公の場で人を侮辱することは法律で禁止されている」そうである。
http://www.cnn.co.jp/showbiz/30003934.html

日本のネットを見れば、民族差別的な表現が溢れている。これが日本に引用のような法律がないせいなのか、またフランスでネットの表現まで実際に取り締まられているのかは知らないが、民族差別的表現が国によっては即違法であるということも知っておいていいのではないだろうか。


別の記事。世界各国国民にアンケート調査したところ、「性的不祥事に対して最も厳しい国は日本であることが分かった。」
http://jp.reuters.com/article/mostViewedNews/idJPJAPAN-23109720110909

もっと違うところに正義感を使うべきではないか?


2011年9月6日火曜日

ぶどう

 今週の日曜の「アタック25」は20代女性大会。テレ東の大江アナ似の新婚ホヤホヤ主婦が圧倒的な強さで優勝したのだが、この人えらいカマトトで、絶対答えを知ってるくせに毎回「自信ないけど」みたいな感じで首を傾げながら語尾半上げで答えてた。全問答えるわけではないのだが、角などの大事なパネルではほとんどこの人が回答、正解。さすがにこれは故意ではないと思いますが、狙ってるんではないかと思うぐらいの仮面振りでした。コワいコワい。
そういえば、大江アナもちょっと同様の傾向がありますね。

あなたは、「ぴおーね、あきくいーん、ないあがら」が何の果物の銘柄か知っているか。

2011年7月27日水曜日

沈黙は蝶

 映画『パピヨン』を観た。
 不思議な雰囲気を持つ映画。逃亡したパピヨンが南米のどこか(コロンビア?ベネズエラ?)の海辺で出会う原住民たちとのシークエンスでは、言葉が一切話されない。
 それは、一見パラダイスのように見せながら、その実、脱走囚人が罰として入れられる、一切の言葉の禁じられた独房とパラレルなのだ。