11月も終りに近いある日、深夜テレビで「ジェロニモ」という映画が上映された。19世紀、南北戦争前後に勇名を馳せたアメリカ先住民の戦士、アパッチ族のジェロニモを描いた1993年の作品である。ジーン・ハックマン、ロバート・デュバル、ジェイソン・パトリック、マット・デイモンと豪華競演、ジェロニモ役はウェス・スチュディ(私の大好きな「ヒート」にも出ています)。
見所はたくさんあると思うが、基本的にジェロニモの人生のクライマックスを史実に忠実に描くため、映画としてはアンチクライマックスになってしまうという、まあ「based on a true story」にはありがちな展開となっていて、それが本作の本国アメリカにおける毀誉褒貶の激しさにもつながっているようである。
そんなことを考えていて想起されたのが、現在公開中の「マネーボール」である。
これも同様に実話の映画化なのだが、ご存知の通り、この映画は同名の「マネーボール」というドキュメンタリー本が原作となっている。そしてこの原作を読んだ人が一様に述べるのが、「あの本からこんなにドラマチックな映画ができるなんて」という驚きである。
主人公のビリー・ビーンがGMを務めるオークランド・アスレチックスは、この映画で描かれている2002年に一応地区優勝したものの、プレーオフであっけなく敗れ去っているので、本来なら大したドラマにはできないのであるが、それを無理やりシーズン20連勝のかかる大一番にクライマックスを持ってきて、大げさに盛り上げるのである。
そういう言い方をすると白々しい映画だと思われてしまうかもしれないのだが、そこはさすがハリウッド、ええっと思うまもなく、素直にカタルシスを得られるつくりになっていることは言うまでもない。これから観に行く人は(もうそろそろ終りだが)安心して行って欲しい。実際この映画は、当初ソダーバーグが撮ることになっていたが、スタジオが脚本に難色を示して降板の事態となったそうである。どんな脚本だったかは分からないが、せっかくのベストセラー本の映画化が、「フル・フロンタル」みたいになったら困る、かもしれない。
そんなわけで、激動の時代を生きたアメリカ先住民の人生の最高潮期が淡々と、取り立てて何もおきなかったようにも見える球団の一年が劇的に描かれる、こんな懐の深さが、映画の魅力ではないだろうか、などと思うのである。
「ジェロニモ」(原題は「Geronimo: An American Legend」。なぜかWikipedia日本語ページには記事がない。英語版は
http://en.wikipedia.org/wiki/Geronimo:_An_American_Legend)は、上記のとおり見所は満載であるが、ジェイソン・パトリックのカリスマチックな演技は特筆もの。マット・デイモンはこのあと「戦火の勇気」だの「グッドウィル・ハンティング」だの「レインメーカー」だのに出ることになる。このイノセントな、だが芯の強さを感じさせる笑顔が、この映画でも欠かせない魅力となっていて、さすがはウォルター・ヒル監督、確かな演出力だ。
「マネーボール」は、野球場という、それだけでスペクタクルになってしまう被写体を、効果的に画面に配して、素晴らしいビジュアルとなっている。ジョナ・ヒル演じるピーターが初めてオークランド・コロシアムを訪れてスタジアム内の廊下を歩くところとか、ブラット・ピットがスタンドやフィールドを歩くシーンなど、絵画のように素晴らしく、「ああ、映画だなあ」と思わされる。できれば映画館で、しかも前の方で観たい映画。
蛇足ながら、「マネーボール」には、セイバー・メトリクス理論(一言で言えばデータ野球。アメリカより20年以上前からこれを実践していた野村克也監督は偉大だ・・・)でチーム改造に乗り出したアスレチックスが開幕から負けが込み、GMのビーンがバーか何かのテレビで試合を見ながら落ち込んでいるシーンで、我らがイチローがテレビでアップになる。2001年にメジャー移籍したイチローは、初年度から打ちまくって、新人王はもちろん首位打者・盗塁王も取ってMVPに輝くという偉業を達成。2001年はマリナーズも116勝46敗(勝率.716)で地区優勝しており、同じアメリカン・リーグ西地区に属するアスレチックスの視点で見れば、2002年シーズン開幕当初時点では、もっとも憎たらしい男と言っても過言ではないわけである。
ともかく、いつもは頼もしいイチローが、視点しだいでは不気味なアジアン・スラッガーに見えるというのも、この映画の面白いところである。