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2010年1月29日金曜日

農林水産省HPに学ぶべきこと

(前回の続き)

 食料自給率とは何か?
「食料自給率とは、国内の食料消費が、国内の農業生産でどの程度賄えているかを示す指標のことです。」(農水省HPより。以下出典は全て同じ。)

 どうやって計算するか?

「3種類の計算方法があります。」

 具体的には?

・重さで計算 「重量ベース自給率」
・カロリーで計算 「カロリーベース総合食料自給率」
・生産額で計算 「生産額ベース総合食料自給率」 

それぞれ日本の数値は?

・重量ベース自給率 ・・・農水省HPでは食料全体の数値は不明。
・カロリーベース総合食料自給率 ・・・41%
・生産額ベース総合食料自給率 ・・・65%
  (上記はすべて最新値(平成20年度概算値))

ということは、
・見方によっては65%は自給できている。
・田中センセーのいう39%(前回参照)って何?
 
 実は平成18年のカロリーベース自給率が39%(史上最低値)。論旨に合わせるため数年前の数値をわざわざもってきたようだ。ズルいなー。

 カロリーベースと生産額ベース、どちらを使用するのが適切なのか、という問いは無意味ではある(何を論じるかによるだろう)が、農水省HPには、生産額ベース自給率の説明として次の記載がある。

(生産額ベース自給率には、)「比較的低カロリーであるものの、健康を維持、増進する上で重要な役割を果たす野菜やくだものなどの生産等がより的確に反映されるという特徴があります。」

 つまり、生産額ベースにもそれなりの良さがあるわけだ。ところが、日本の食料自給率を論じる場合、ほとんど常にカロリーベースが使用される。不思議な話です。

さらに、田中氏のエッセイ中「米以外はほとんど自給できなくなっている。」との記述ですが、農水省統計では以下のとおり。
米 95%
に対し、
かんしょ 96%
野菜 82%
みかん 96%
鶏卵 96%(*ただし下記参照)
牛乳・乳製品 70%(*ただし下記参照)
海藻類 71%
きのこ類 86%
など、米の自給率に引けをとらないものもあります。すなわち、米だけしか自給できないというのは、嘘。

 さらに、田中氏の「飼料や種子や加工食品の原料のことを考えに入れると」(米以外はほとんど自給できなくなっている)という記述についても、少なくとも飼料については重大な誤りがある。

「カロリーベース自給率の場合、畜産物には、それぞれの飼料自給率がかけられて計算されます。」(農水省HP)

 つまり、仮にある畜産物が国産品100%でも、飼料の半分が外国産なら、自給率も50%となる。カロリーベース自給率において、飼料は最初から「考えに入れてある」のだ。
(私はこの、飼料を自給率計算で考慮するという発想はおかしいと思うが、いずれにしろこれに従うと上記*部は、
鶏卵 9%
牛乳・乳製品 29%
となるので注意。)

 以上が田中氏エッセイの明らかな誤りだが、私が思うに、そもそも食料自給率が低い=問題・不安、という田中氏その他の人々の発想自体が間違いである。

 食料自給率が下がる過程としては、次の二つがあり得る。

・国内でみんなが食べる食料が足りず、輸入する他ない!
・別に国内で食糧がまかなえないわけではないだろうが、食べたい物は輸入品。

 言うまでもないことだが、問題であり不安であるのは、前者の場合である。
 (私個人的には、この場合も問題ではないと思うが。後述)
 では、日本はどちらなのか。明らかに後者である。

 典型的なのが、小麦である。小麦のカロリーベース自給率は14%。皆さん一日一食くらい、パンを食べませんか?あるいはパスタ、ケーキ、うどん、ラーメン・・・。三食米を食えば、全体の自給率は上がる。なぜ米を三食食べないのか?小麦製品を食べたいからである。断じて、米が食べたいのに足りないから輸入品の小麦にすがっているのではない。いわゆる「食料安保論」では、急に輸入品が入って来なくなったら大変だ、と言われるのだが、日本人の場合、「その時はしょうがないから米でも食うか」、それだけのことである。
ちなみに、農水省もこう言っている。
「日本においては戦後、食生活の洋風化が急速に進んだという特徴があり、この急激な変化が食料自給率を引き下げてきた大きな要因となっています。日本では昔から主食(ごはん)を中心とした食生活が行われてきましたが、戦後、副食(おかず)の割合が増え、中でも特に畜産物(肉、乳製品、卵など)や油脂の消費が増えてきました。自給率の高い米の消費が減り、自給率の低い畜産物や油脂の消費が増えてきたことにより、食料全体の自給率が低下してきたのです。また、自給率低下の要因は、単に食料消費の変化があったということだけではなく、この消費の変化に生産が対応しきれなかったことも要因の一つであるといえます。
特に近年では、日々の食事の中で惣菜、冷凍食品といった調理・加工された食品の割合が増え、また外食をする機会も増えてきました。こうした中で、これまでの国内の生産では食品加工メーカーや外食店といった食品産業が求める要望に十分に応えられてきませんでした。
したがって、国産の農産物が利用されるよう、こうした食品産業の要望に応えていくことが期待されています。」 つまり、みんなが食べたいのは、日本で作っていない(作れないのではない)外国産の食品なのだ。
ただし、農水省も結論としては自給率低下は問題としている。しかし「問題」の意味が違う。
「消費者が求め、消費者に選択される農産物や食品を供給することが、食料供給産業としての農業と食品産業が発展するための基本です。」
要するに、国の問題というよりは、「消費者(国民ではなく)のニーズに応えていない農業関係者、しっかりせいや。」、ということ、つまり生産者(と、多分政策担当者)にとっての問題として捉えているようです。農業関係者(と、多分自分)という身内を批判していて、ある意味誠実。

 なお、食料安保論が出たのでこれも批判しておく。
 この考え方の根本的間違いは、食料の供給者は、それを日本に売って金を稼いでいる、ということを忘れているという点である。すなわち、日本に食料を売るのをやめると、売り手にお金が入って来ないのである。顧客をスパッと切る、これはおいそれとできる決断ではない。例えば、アメリカが「ソニーとパナソニックとトヨタと本田がいっぺんにアメリカに製品を売らないと言ったらどうしよう」と心配するだろうか。アメリカに製品を売らなかったら、4社とも潰れてしまう。だからそんな心配をする必要はないのだ。
世界経済は持ちつもたれつである。それを、太平洋戦争前のABCD包囲網(日本を海上封鎖しても、ABCD各国は特に損をしなかった!)のような感覚で論じるからおかしな話になるのである。
 その昔イラン革命でイランの日本に対する石油輸出がストップしたが、次の年(だったか?)から、イランの国家予算がその輸出額とほぼ同額削減されたという話がある。今日本に農産物を輸出している国で、農民が日本から1ドルも得られないことに耐えられるだろうか?

 ちょっと田中氏の新聞エッセイから話がそれた。
 いずれにしろ、農水省のHPもチェックしないような人が、ネットで与太話を書くくらいならよいが、偉そうに新聞紙上で(まあ大した新聞じゃないですが)現代の食糧問題など語らないで欲しい。ついでに言えば、江戸時代にも飢饉だの圧政だのがあった事実も踏まえて(思い出して?知っていて?)欲しい。

上記と関係ないが、田中氏エッセイ中、

「子供の貧困は進み」

は許しがたい一文である。江戸時代の方が現代より子供が豊かだったとでも言うのか???

田中氏エッセイには、こんな記述もある。

「気候変動、テロ、伝染病、戦争、何が起きても日本人は飢餓に陥る可能性がある。江戸人から見ると、なんと不安な国なのだろうか。」

これも許しがたい。日本が世界のどこからも食料が買えないほど食糧が逼迫した場合(それがテロによって起こしうるようなことかという疑問はさておき)、例えば世界中が異常気象に見舞われた場合、日本だけ食糧が豊富に取れるということがあろうか?少なくとも、江戸人は日本でだけ気候変動が起きた場合でも飢餓で死んでいたのだ。そっちの方がよっぽど不安だろ。

田中氏エッセイ「いざと、いうときの受け皿となっていた共同体はもはやない。子供さえ孤立し、親からも他人からも助けてもらえない。」

 いざというときに共同体に助けてもらえる可能性、子供が親・他人から助けてもらええる可能性は、賭けてもいいが、今の方が高いはずである。いつの世にも、弱者に救いの手を差しべない共同体、親はいると思うが、現代と江戸時代の生活水準を考えれば、子供を守る余裕のある共同体・親が多いのはどちらかは自明である。江戸時代の最良のケースと、現代の最悪のケースを比べてはいけない。(現代は冷たい人ばかりで他人の子を助けるような奇特なコミュニティーは全く存在しないと思う方は、「ホームレス中学生」を読んで反省しよう!)
 ちなみに、これも田中先生は知らないだろうが、江戸時代は、村の人口は横這い傾向にあった。その原因として、「間引き」があるとされている。言うまでもなく、生まれた子供を口減らしのために殺すことをいう。松平定信の寛政の改革の一つに、間引きの禁止がある。一方、民主党政権の改革に、間引きの禁止は含まれない。なぜか?間引きをする人がいないからである。さて、どちらが「不安の時代」なのだろうか?
なお、この手の勘違い現代論の似たような例として、「昔の学生に比べて、今の学生は本を読まない」というのがある。ごく一部の人だけが大学に行った全共闘世代のエリートと、大学全入時代の三流大学の学生を比べるのは馬鹿のやることである。

*食料自給率に関する部分については、野口悠紀雄氏の論述に示唆を受けた・・・、と勝手に思っていたが、今野口氏のサイトを確認したら、当方の駄文はほとんど質の悪いカーボンコピーですね・・・。もっと切れのいい論述を読まれたい方は野口氏サイトをご覧下さい。